The Theatre of Languages

stajio 2018

ー写真との出合いについて教えて下さい。

随分前のことですが、最初のカメラは、母からの誕生日プレゼントでした。当時の私は新しいなにかを求めて、妹と一緒に日本に留学していました。見知らぬ都市で異邦人でいることで、さまざまな面で好奇心を刺激されてか、炊きたてのお米から混み合った地下鉄まで、形や色を持つあらゆるものを写真に収めましたね。やがて、身の回りのほぼすべての「表面」を撮り尽くしたと感じ、心に浮かんだ空想的なシーンを妹と写真で再現するようになりました。プレイフルな私のストーリーを、彼女が演じるといえばよいでしょうか。後に写真を本格的に学ぶことは、必然的な選択だったと思います。

ー抽象的な色彩や形、影で構成された最新作「Radiator Theatre」。キャッチーでユニークな響きの作品名の由来について教えて下さい。

自宅にあるラジエーター(暖房器具)がその由来です。室内に差し込む陽の光が初めに当たる場所なのですが、以前の撮影で余った紙の切れ端をその上に配置してみると、抽象的な形がカッコよく楽しげに見えました。それからというもの、ラジエーターは私の“撮影スタジオ”と様変わりしたのです。残り端と背景に着色してみると、シアター(劇場)のステージを彷彿とさせるようになりました。ただし、好みの陰影を捉えるためには、ラジエーターが稼働する冬場に撮影しなくてはならず、加えて“撮影スタジオ”は太陽とともに動いてしまうのです。控えめにいっても、それはそれは汗だくで爽快な現場でしたよ。

ー作品づくりにおいて、特に大切にしたことは?

さまざまな言語に触れていると、読解力や表現力において、言語間に差が生まれてしまうことがあります。それを埋めてくれるのが視覚言語です。この作品の抽象性は、言語の枠を飛び越え、写真表現によって他者とのコニュニケーションが成立することを暗示しています。作品を理解するうえで、私と同じ言語を話す必要はないですからね。ある物体や動作のように見えてくる作品もなかにはありますが、おそらく今の私が関心を持っていることが無意識に現れているのでしょう。普段行っているプロセスやアプローチ、思考からも自由になりたくて、直感だけを頼りにハサミを動かして制作しました。鑑賞者にとって想像力を膨らませる余白を設けて、願わくばもっとオープンマインドになれるなにかを感じて欲しいという狙いがあります。

ー人間のモデルを用いた初期作品から、ますます抽象的な表現にシフトしているように感じますが。

これといって特別な理由はなく、現在の作風に自然と辿り着きました。他人と一緒に仕事をしたり、時間を過ごしたりすることに刺激がないということではないのですが、孤独を本当に楽しんでいるフシはありますね。読書をしたり、物事を考えたりしていると発見することが実にたくさんあって、そこから新たな作品づくりの強い動機へと繋がっています。

ー読書といえば、特にインスピレーションを受けた本はありますか?

今のところ一番のお気に入りは、ベル・フックスの著書『All About Love』です。特に近年、アメリカで表面化している人種差別や外国人排斥、女性差別といった問題を肌で感じていたので、大変意味のある読み物でした。今まで考えたこともないやり方で、現代社会における「愛」の意義を見直しさせられました。他者に対して偏見を持たず、柔軟でいることに希望と自信を与え、謙虚にさえしてくれましたし。いつも読み返すのは、スーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし(原著:Regarding the Pain of Others)』と、ジョン・バージャーの『見るということ(原著:Ways of Seeing)』です。

イナ・ジャン Ina Jang
ニューヨーク・ブルックリンを拠点とする韓国人アーティスト。ユニークで詩的な作風で知られ、新たな写真表現を模索している。パリフォトやアテネ・フォトフェスティバル、フォーム写真美術館といった国際的に名高い写真展やギャラリーにて作品が展示され、『ニューヨークタイムズマガジン』や『タイムマガジン』などの雑誌にも掲載されている。

Exercises in Negative

『Arjan De Nooy / 99:1』
出版社:Fw: Books 価格:4,800円(税別)

フランスの作家、レーモン・クノーは1947年に『文体練習』を発表した。この本は「ある一人の男を、2時間後にもう一度見かけた」という他愛もないストーリーを99通りの異なる文体で表現した作品だ。写真で同じことを試みたのが、オランダの写真家であるアーヤン・デ・ノーイだ。

彼は1枚のネガを使い、99通りのイメージを作り出した。素材となったのはごくありふれた街角の様子だが、一部を拡大したり、抽出したり、消したりすることで1枚のネガから作られたとは思えない多様なイメージを作り出している。
ネガからは常に同じイメージが複製される、写真の性質を見事に裏切ったこの作品は、同じものを素材としても全く異なった印象を生み出せることを教えてくれる。ある写真はありふれた日常を写しているように見えても、別の写真では不穏な印象を受けたり、また別のイメージでは、社会的特徴を描き出したりしているようにも見える。

日常の生活にも同じことがいえるだろう。同じ状況に置かれたとしても、各々が認識している内容は異なっている可能性は高い。さまざまな技術が発達して世界が均一化した印象を受ける一方で、ひとつの事柄に対する理解が各々に異なっていて、その差異に愕然としてしまう。同じ国、同じコミュニティに属していても軋轢や分断が生じている今日、私たちはひとつの事柄が全ての人にとって同質でないことを心に留めなくてはならないのかもしれない。 〈文:中島佑介(「POST」ディレクター)〉

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My Favorite Thing(s)

モノと使い手には十人十色のエピソードがある。
THE LIBRARY のスタッフが綴る、『わたしの偏愛小噺』。

 


名脇役とは
田畑健(京都店)

もし手元になかったとしたら、自分のライフスタイルが成立しなくなるんじゃないかというもの。「アングルポイズ」のランプは、まさにその代表格。『主役ではないけれど、さまざまな良い部分を引き出してくれる素晴らしき脇役』なのです。スイッチを入れれば、その場の空間を穏やかに変えてくれる。食事やお酒を、もっと美味しくしてくれる。なにげない日常の景色を、特別な一枚絵にしてくれる。そのうえ、シチュエーションや場所、使う人を選ばない万能さもある。機能以上に、気持ちや雰囲気をよりよく変えてくれる存在です。趣味や交友関係、アクティビティの幅に応じて、使えるシーンがどんどん広がっていく。購入当初は見ているだけで満足していたランプが、まるで僕のライフスタイルに合わせるかのようにしっくりくる。そこに長く使い続ける楽しみがあります。随分時間がかかりましたが、本当に良いものと出合えました。

MARGARET HOWELL ANGLEPOISE

定番と愛着
寺内涼(自由が丘店)

「マーガレット・ハウエル」のリネンブランケットは、私の夏の定番。東京から京都に移り住んで初めて迎えた夏、部屋を掃除しただけで汗が流れ落ちるほどの暑さに参っていた私は、寝具にまで涼を求めるように。サラッとひんやりした肌触り、高密度の生地ならではの心地よい重さ、そして丈夫で乾きやすい使い勝手の良さ。使うほどに麻素材の素晴らしさを体感していました。そんな今では寝具だけでなく、キッチン周りでも麻の布巾が活躍しています。経年変化による色あせはあるものの、10年経った現在でもヘタリやヨレもありませんが、いつかこれがダメになったらリサイクルしてキッチン用品にしようと考えているところです。モノと長く付き合うと生まれるのが安心感とも呼ぶべき愛着ですが、時代小説も20年来のマイ定番。大好きなブランケットに包まれながら池波正太郎作品を読み耽る。えも言われぬ多幸感に浸りながら、ついつい読了してしまうのです。