HOW DESIGNERS MAKE CLOTHES
2022.09.12
HOW DESIGNERS MAKE CLOTHES
服作りの極意
「STUDIO NICHOLSON」ニック・ウェイクマン
デザイナーの美学と技術、
こだわりの結晶ともいえる洋服。
一着一着に込められたストーリーを
ひも解くべく、
服作りのルーツ、影響を受けた
モノ・コトについて伺いました。
インスピレーションは、
カルチャーと人間らしい感情
デザイナー、ニック・ウェイクマンによって設立された「STUDIO NICHOLSON(スタジオ ニコルソン)」。ブランドをローンチする以前のニック・ウェイクマンは、洋服とどのような関わり方をしていたのだろうか。聞けば、彼女のお母さんが服を作ってくれたことが、洋服の原体験なのだという。
「とても美しいネイビーのコートを作ってくれたことを記憶しています。あとは小さなレースがついた付け襟も。母の洋服に対する考え方には少なからず影響を受けていると思います。その後、少し成長するとトムボーイになり、ボーイッシュな服装を好んでいました。ダンガリーシャツにデニムパンツといった装いでした。ティーンエイジャーの時は80年代だったので、ファッション雑誌には、華やかなメイクアップとクレイジーな髪型で溢れていました。90年代に突入すると、カルチャー好きのグランジガールに変わっていきました」
彼女はテキスタイルを学び、ファブリックデザイナーとしてキャリアを積み、自身のブランドを立ち上げた。完成度に自信がある丁寧なものづくりを30年、行ってきたと誇らしそうに語る。会社は徐々に成長していき、現在はデザイナーではなく、クリエティブディレクターとして「STUDIO NICHOLSON」の舵をとる。
「服作りにおいて常に大切にしていることは、デザインチームが言いたいことを洋服で体現すること。STUDIO NICHOLSONは、トレンド感が強いファッションブランドでも、いわゆるミニマルなブランドでもないと思っています。我々はフィット感と機能性、着心地の良さを高いレベルで追及した洋服を作っているという感覚が強く、ファッションブランドというよりもクロージングブランドという呼び方がしっくりくるんです」
メンズウェアやテーラードに大きな影響を受け、紳士服にあるディテールやデザインを生かしたコレクションを毎シーズン展開する。では、他ブランドと「STUDIO NICHOLSON」の違いを決定づける強みは何なのだろう。
「長いキャリアに裏付けされた、洋服作りの経験です。最近は、似通ったデザインとクオリティのブランドが多いように感じます。いま世の中に溢れているミニマルでInstagram的な感覚は、一見パーフェクトな人生を表現しているようですが、人間らしさやフィーリングを感じません。人生は決して完璧なものではないと思います。私は洋服作りをインスピレーションの結晶のようなものだと考えており、背景にはカルチャーや人の存在が欠かせません。そこには楽しさなど、人間らしい感情があるべきだと考えているんです」
(画像上)WOMEN'S NM WIDE MERINO RIB V NECK JUMPER E ¥61,600(税込)
(画像下)MEN'S ENGLISH LAMBSWOOL CARDIGAN ¥62,700(税込)
服作りのプロセスとジェンダー観について
2022AWのウィメンズコレクションは、British Culture Archiveで公開されている数々の写真やボブ・マッツアーやロブ・ブレナーが撮影した作品からヒントを得た。一方、メンズコレクションのテーマは、90年代のレイブカルチャー。ヒップホップ、写真、その時代を象徴するようなアイコンたちの服装がベースとなっている。
「服作りはまず、イメージ集めからスタートします。これまでの人生経験やキャリアの中で、私の頭の中には多くの資料がデータベースとして記憶されています。コレクションにふさわしいアイデアが決まったら、記憶を手繰り寄せてキーとなりそうな物事、人物の写真を集め、よりイメージを膨らませていきます。Pinterestや図書館、本、古いファッション雑誌などを駆使してリサーチし、ときには映画のワンシーンをふと思い出し、俳優や服装を調べることもあります」
彼女が服作りの行程で重要視しているのは、デザイナーチームとの対話。彼らとのやりとりから、シーズンにふさわしいムードや方向性を決めることも多いのだと語る。
「続いての工程は、洋服のカテゴリーごとにレンジプランを作成しながら、ビジネスや生産について考えます。同時に30〜50種類くらいのファブリックを選び、取捨選択を繰り返して最終的に編集された状態になるまで何度も行います。プライスとの兼ね合いを考えながら、収集したイメージソースを元にデザインをスケッチに起こします。その後、小さいサイズのマケット(模型)で洋服を作ります。そこでボリュームや、布の落ち方、風合いを検証してから、実物のサイズと実際に使用する生地でサンプルを作り、3、4回のフィッティングを経て最終的なパターンに起こし、工場に送って製品化します」
最終的には彼女の判断ですべてが決まり、それはスタイル、デザイン、カラー、ファブリックすべてに言えることだという。そのコントロールの手腕こそがブランドの核になっている。
「STUDIO NICHOLSON」のウィメンズコレクションは、紳士服の要素が多いことは前述した通りだが、あえて洋服におけるジェンダーについてどのように考えているのだろう。
「服飾の学生ならば必ず学ぶことですが、洋服は紳士服と婦人服に分かれています。例えば、シャツならボタンの位置が男性は右側、女性は左側に付けると決まっています。とても大切なことでこの伝統的な考えが好きですが、すべての人が“そうであるべき”だとは思っていません。シンプルに“洋服の作り方のルール”として信じてきました。男女には明らかな体格の違いがあり、フィット感は異なるものです。これはあくまで服作りにおけることで、世の中には様々な体型の人がいて、細身のパンツ、またはワイドなトラウザー、ふわふわのファブリックなど、着こなしや生地の好みはそれぞれ。個人が何を選ぶかは自由です。マスキュリンという言葉は、いかようにも使うことができる自由な言葉だと思っているんです」
ジェンダーの境界が曖昧になり、男女の隔たりがなくなっていることについては全面的に賛成だと語る。人としてよりよく生きていくことができるよう、世の中は変わっていくべきだと常々考えているのだという。
服作りに影響を与えたモノ・コト
ニック・ウェイクマンは日々人間観察をし、ファブリックのチェックも欠かさない。服作りにおいて、常に影響され続けているのは人だと語る。
「特に旅をしているときに人々や生地を見ることが好きです。その人がなぜその生地でできた服を選び、また生地はどのように人が心地よくいられるよう機能しているかをよく理解することが大切なんです。常にその人の“ファッション”ではなく、“衣服”を観察します。様々な人の服装に興味を惹かれますが、特に労働者の服装に学ぶことが多いと思います」
また、日本の文化や建築、インテリアなどの影響も大きいという。
「安藤忠雄が好きです。美しい建築物も好きですが、特に彼のアイデアに魅力を感じています。オフィスの写真を見てみるとカオスそのもの。彼のクリエイションの背景、特にどうしてそのような創作をしたのかに大変興味をそそられます」
初めて東京を訪れた1999年のことを、こう振り返る。
「東京はいまとは全く違う街でした。誰も英語を話す人はおらず、街に英語の標識もありませんでした。私にとっては、今よりも難易度の高い街だったと思います。同じく、私が住んでいた30年前のロンドンも今とは全く違っていて、街は汚れ、治安も悪くて、街で正常に機能しているものはほとんどありませんでした。それに比べて、東京はとても清潔で、街の多くのことが正常に機能しているように思えました。そして、東京の街で目にする色彩がロンドンのそれとは異なることに気づき、たくさんのインスピレーションソースに出合うことができたんです。特に目を奪われたのは茶色。また、日本の人々が着ている洋服のファブリックも全く違うものだったので、大変驚きました。和紙は見たことがありませんでしたし、綿や麻も私が知るものとはテクスチャーや色が異なりました。東京で過ごすことで、一種の安らぎのようなものを感じたことも覚えていますね」
THE LIBRARY取り扱いアイテム
デザイナーのおすすめポイント
THE LIBRARY別注アイテムについて
THE LIBRARY限定のワイドドローコードパンツで、通常ブランドでは展開していないジェンダーレスな仕様のパンツです。もともと展開していたウィメンズのデザインを応用し、性別に関係なく着用できるように仕上げました。素材はビスコースウールを用い、ゆったりとしたワイドパンツの裾はドローコードで調整が可能です。出来上がりがとても良かったので、嬉しく思っています。
[9月16日発売]別注 TROP VISCORSE WOOL WIDE LEG DRAWCORD PANTS ¥53,900(税込)
シグネチャーアイテムとして愛され続けるボリュームパンツ
コットンツイルのアンクル丈のクロップパンツ。デザインのソースは東京で見かけた一人の男性。確か2015年に、東京のある場所で素晴らしいパンツをはいた男性が通りを歩いていくのを見かけたんです。すぐにスケッチに起こしました。7年前に考案したスタイルではありますが、今もベストセラーのアイテムで大変人気があります。
WOMEN'S PEACHED COTTON TWILL DEEP PLEAT VOLUME ANKLE CROP PANTS ¥47300(税込)
色の風合いとサスティナブルな素材が魅力のエコダウン
100%サスティナブルな素材で作られている点に注目していただきたいです。ナイロンはリサイクルファイバーを使っていて、中綿はリサイクルペットボトルから作られています。サスティナビリティは、現在のファッション産業の最重要課題。また、色についても素敵に染まっていると思います。是非、日本のカスタマーの方にも手にとっていただきたいアイテムです。
MEN'S ECODOWN RECYCLD POLY WADDED JACKET ¥69300(税込)
STUDIO NICHOLSON(スタジオ ニコルソン)クリエイティブディレクター。2010年、イギリスでファッションブランド「スタジオ ニコルソン」を立ち上げ、ウィメンズコレクションを発表。2017年にメンズコレクションもスタート。自身が好むメンズウェアやテーラードに影響を受け、紳士服にある独特なドレッシーさやシルエットなどを取り入れ、クラシカルでありながらも、実用的なワードローブを数多く展開。
Photography by Ayako Masunaga
Text by Aika Kawada
Edit by Masumi Sasaki